宗家挨拶

秋の巡行


宗家 月星鎮一


海東流の語源はと申しますと、現在の海部郡が、日光川を境として東を海東郡、西を海西郡と大別されていましたその名残で、海東流の太鼓名が生まれ、現在に伝わっております。
愛知県海部郡は、濃尾平野の西南部に位置しています。その農村部では、熱田大神楽の打法を受け継ぐ神楽太鼓が非常に発達しました。

その打法とは、『神楽屋形太鼓』と『曲太鼓』の二つであり、前者は歩行しながら打ち、後者は拝殿などで座って演奏します。これらの太鼓は、ほとんど同じ曲により演奏されるので『尾張の曲太鼓』として知られています。

江戸の里神楽は尾張から出たといわれています。すなわち、熱田神宮の神官たちが江戸時代初期に江戸に下って定住したときにできたものと思われ、その後、形を変えて江戸ばやしとなり、現在日本を代表する『無形文化財』として活躍しております。一方、尾張に残った神楽屋形は、名古屋城下の仏壇産業と結び付き江戸時代末期には一大産物にまで成長しました。

神楽屋形について少し述べますと、事の始まりは屋形の中に獅子頭を飾り、太鼓を打ち鳴らしながら村中を巡回したところから『獅子屋形』とも呼んでいました。そこへ仏壇技術により漆を重ねてその上に金箔を張り、現在のような屋形に完成されたものと成りました。現存している『神楽屋台』の数から推定すると、文化、文政の頃のものが最も多くあるところから同時代であり、又農民文化の最も栄えた証でもあるかと考えられます。

近年になって、祭に対する考え方も『昔を復元しよう』という方々が増え、神楽屋形を修復、又は新調されるところが増えてまいりましたのは貴重な農村文化の継承の上で非常に喜ばしいことと思われます。

私達『海東流神楽太鼓』も、これを保存すべく保存会ができ、現在では、小学生から社会人に至るまで巾広く、伝統である郷土芸能を後世に残すよう活動しております。

海東流神楽太鼓 宗家 月星 鎮一